親孝行するまでは死ねない

思考錯誤の日々を綴っていこうと思いました

三島由紀夫作品メモ①

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 私の無言だけが、あらゆる残虐を正当化するのだ。こうして日頃私を蔑む教師や学友を、片っ端から処刑する空想を楽しむ一方、私はまた内面世界の王者、静かな諦観に満ちた大芸術家になる空想をも楽しんだ。外見こそ貧しかったが、私の内界は誰よりも、こうして富んだ。何か拭いがたい負い目を持った少年が、自分はひそかに選ばれた者だ、と考えるのは、当然ではあるまいか。この世のどこかに、まだ私自身の知らない使命が私を待っているような気がしていた。

 

 嘲笑というものは何と眩しいものだろう。私には、同級の少年たちの、少年期特有の残酷な笑いが、光の弾ける葉叢のように、燦然として見えるのである。

 

 叔父の家から二軒隔てた家に、美しい娘がいた。有為子という名である。目が大きく澄んでいる。家が物持ちなせいもあるが、権柄ずくな態度をとる。みんなにちやほやされるにもかかわらず、一人ぼっちで、何を考えているのかわからないところがあった。妬み深い女は、有為子がおそらくまだ処女であるのに、ああいう人相こそ石女の相だなどと噂した。

 

 私には、外界というものとあまり無縁に暮らして来たために、ひとたび外界へ飛び込めば、すべてが容易になり、可能になるような幻想があった。

 

 私は息をつめてそれに見入った。歴史はそこで中断され、未来へ向かっても過去へ向かっても、何一つ語りかけない顔。そういう不思議な顔を、我々は、今伐り倒されたばかりの切株の上に見ることがある。新鮮で、みずみずしい色を帯びていても、成長はそこで途絶え、浴びるべきはずのなかった風と日光を浴び、本来自分のものではない世界に突如として曝されたその断面に、美しい木目が描いた不思議な顔。ただ拒むためにこちらの世界へ差し出されている顔。私は有為子の顔がこんなに美しかった瞬間は、彼女の生涯にも、それを見ている私の生涯にも、二度とあるまいと思わずにはいられなかった。

 

 私には快楽の観念は少しもなかった。何かの秩序から見離されて、一人だけ列を離れて、疲れた足を引きずって、荒涼とした地方を歩いて行くような気がした。欲望は私の中で、不機嫌な背中を見せて、膝を抱いてうずくまっていた。